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松本浅間温泉旅館「松本あさま温泉」ホテル玉之湯
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2010.05.01 (Sat)

小さな玉手箱

  還暦となってから、やけに自分の歳が気になるようになった。わたしはこれまでに、自分の年令を意識したことはあまりなく、あったとすれば、それは二十才の時くらいで、今時のように華やかな式典があったわけでもなく、大人の自覚をしたわけでもないが、それでもハタチという言葉の響きには新鮮なものがあり、木彫刻の道を歩き始めたばかりのわたしは「この頃の若者は」と小言を言われながらも、希望の中に居た。あれから時が経ち、振り返ってみれば、二十才どころか二十代はまだ青春の中にあり、大人には成ってはいなかったようだ。大人に成ってきたのは、三十を過ぎてからだ。子供達を育て、幸福になりたくて家族を養い、またそれに助けられながら仕事を為し、三十代四十代を通り抜けて、漸く大人に成れたように思う。はたちは大人に向かう入口にすぎなかった。


 唱歌の中に「船頭さん」という歌があり、村の渡しの船頭さんは、今年六十のお爺さん、年はとっても、お船をこぐ時は、元気いっぱい櫓がしなる・・・と書かれている。
  これは昭和十六年に書かれた歌で、その頃は還暦ともなれば、もう立派なお爺さんだったのだろう。しかし、現代はとてもそうは言えず、歌の世界でも、矢沢永吉、井上陽水、長谷川きよし、など還暦人となっても第一線で活躍している人達が沢山いる。


現代人は昔と違って、十才は若いと言われるが、若いと言うよりは遅いと言った方がいいのかも知れない。二十才では大人に成れず、三十才くらいで大人に成るように、おそらく還暦ではまだ年寄りとは成らず、古希を迎えてからそうなるのだろう。わたしもまだ年寄りの自覚はあまりなく、還暦は爺様へ向かう入口に立っただけなのだと思う。そして、この入口から昔の自分と今の自分を見つめてみると、この身の変わり様に今更ながら驚いてしまう。若い時の変化は成長と進化だったのに、それが今では退化と老化になってしまっている。しかし、容姿容貌体力といった肉体側の老化は、実感し認めざるを得ないのだが、この心は子供の頃から変わってはいない、と思うのはわたしだけだろうか。いや、誰もがそうだと思う。老化しない心があるから、老化してゆく体を肯定したくないのではないだろうか。心と体は思うに任せなく、心が若いのに体が老いてゆくことは辛いことではあるが、人が年を重ねて老いてゆくことは、老体とはなっても、老人となるわけではないだろう。人はそんな心と体だけでここに居るのではなく、その意識の有り様によって人間として存在している。そして、この意識だけは自分の責任によっていつまでも進化できるものであり、いいと言われる若者も親も大人も、その意識によるものではないだろうか。


還暦という爺様への入口に立って、いい爺様に成りたいと願いながら、いい爺様とはどんな人間なのか、そう成るにはどんな意識を持ったらいいのだろうか。これからはそれを探してゆ
こうと思っている。
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17:47  |  手仕事屋きち兵衛さんのコラム  |  コメント(0)

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