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松本浅間温泉旅館「松本あさま温泉」ホテル玉之湯
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2009.08.09 (Sun)

小さな玉手箱 手仕事屋きち兵衛

利き酒の名人といわれる人は、案外、酒が飲めない人が多いんですよ」と聞き、わたしはさもありなんと思った。利き酒は、酒を口に含み舌の上で転がしながら、飲み込まずにその空気を鼻に抜いて、その酒の味と香りを判断するものだから、酒を飲むことが苦手な人でも、酒に関心があり、健全な味覚と嗅覚があれば、その名人にもなれるだろう。


 わたしは飲兵衛で食いしん坊なのだが、味覚と嗅覚が敏感だとは言えず、酒などはただ睡眠頼みのようなもので、それが一粒で酔っ払って眠れるのなら、その方がいいと思っているくらいだから、本当の酒好きではないのだろう。真の酒好きとは酒を愛する者のことで、酒を愛するとは、酒をいつくしみ大切にし、酒と仲良く美しく付き合える者のことで、そうできないわたしは、やはりただの飲兵衛だ。

 酒の苦手な人を下戸、飲める人を上戸と言い、飲める飲めないが、できるできないと、まるで能力の優劣のように言われるのだが、飲める飲めないの違いは、能力の違いではなく、それは感度の違いだと思う。酔っ払えるなら何にでも手が出せるわたしは、酒に鈍感なただの飲兵衛であり、利き酒名人は、酒を愛しながらも、敏感ゆえにその酒が飲めず、敏感ゆえにその酒が精細に分かるのだろう。
 子供の頃は、好奇心から酒に手を出し、すぐに吐き出しながら、大人ってなんでこんなにまずいものがいいのだろうと思い、酒臭い酔っ払った大人を、嫌悪感を持って見ていたはずなのに、気がつけば今、こうしてそんな大人になってしまっている。大人に成ることは、したいことが出来るようになることとプラスの積み重ねのように思っていたのだが、実はその裏で、子供の頃は、繊細で敏感だった身と心が、大人に成るにつれて無神経で鈍感なものとなり、マイナスが見えなくなってしまっているのかも知れない。


 人は誰でも、身と心に敏感さと鈍感さを異って持っている。高所恐怖症の人は高い所に敏感で、そこが平気な人はそこに鈍感なだけであり、対人恐怖症の人は人に対して敏感なだけなのだ。現代は人間関係につまづき悩んでしまう人が多いのだが、それはその人達が弱いからではなく、ただ人間として人より敏感なだけだろう。人は敏感なことにこそ、こだわり、反応し、傷つき、疲れてしまう。このことは喜怒哀楽の全てにおいて、それぞれに感度が違っている。だから、敏感な人ほどその痛みが痛いのに、それがなかなか伝わらない。しかも、今の世の中では鈍感な側の物差しでそれを計っているから、その痛みがいつまでも消えてゆかない。競争社会では仕方のないことかも知れないが、無神経で鈍感な者ほど強く逞しく生きることができ、繊細で敏感な人達が置き去りにされてゆくのは、なんともわり切れなく悲しいことだ。
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07:16  |  手仕事屋きち兵衛さんのコラム  |  コメント(0)

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