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松本浅間温泉旅館「松本あさま温泉」ホテル玉之湯
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2010.05.01 (Sat)

必然の出逢い

 「その時の出会いが人生を根底から変えることがある。よき出逢いを。」皆さんご存知と思いますが、相田みつをさんの有名な言葉です。


 昨今、私にはこの言葉が胸に染みるようなでき事がいくつかありました。私ばかりでなく玉之湯にとりまして最大のでき事は、昭和63年の玉之湯の第1期大改装以来、板長、総料理長として尽力していただいた草間さんが3月末で退社したことです。22年の長きに渡り、玉之湯の料理を常に評判の良い懐石料理に創り上げ、また若い者を腕の立つ板前に育て、最近は、長野県調理師会の要職を担い、地域や学校の料理講習会の講師を務めるなど、玉之湯にとっても、業界内にとってもなくてはならない人となっていました。一昨年草間さんから「玉之湯の事情が許せば、自分の店を出すという夢を実現させたいので辞めさせて下さい。」と話しを切り出された時には青天の霹靂という思いでしたが、私の心の中に「それでは玉之湯の料理を変革してみたい」との思いもよぎり、草間さんの在職している間にその準備を整えていこうと決心し、厨房一同と新たなる料理への模索を始めたのです。


私にそう思わせ たのが、その年の春に「山野草を食べる会」に招いていただいた市内の古民家「喜源冶」の奥様小松さんの「これからの食生活は身体に良い物、自然の恵みをいただくことに目を向けるべきよ」との言葉でした。さらに、何と偶然にもその言葉に呼応するかのように、市内で山菜、ジビエ料理の店を経営していた酒井さんが、当館に勤めることになったのでした。当館にお越しいただくお客様も年令があがるにつれ、量はいらないから、おいしいもの、あっさりしたものを食べさせて下さいとの声も多く、それなら体に良く、山に近いからこそ容易に手に入る山菜、野菜料理をおいしく召し上がっていただこうと、早速酒井さんの手を借りてバイキングコーナーに出してみました。ふきのとう、よもぎ、のかんぞう、なずな、せり、たんぽぽ、アカシアの花など、普段何気なく目にしていた野草がおいしく和え物、天ぷらなどに調理され、お客様に喜んでいただけるようになりました。


そこで第2段階として、懐石料理の順番にこだわることなく、目でも楽しめる料理を作ろうと、お客様に最初にお出しする料理に季節を描いた(仮称)創作前菜を手がけ始めました。この3月は安曇野の春を描いて「早春賦」、4月は御柱を見立てた「諏訪の春」、この2カ月で評判もまずまずのようです。


この様子を目にして、草間さんも安心して玉之湯を去って行かれました。草間さんが築いてくれた料理の本質は決して壊すことなく、新たに工夫をし、創り上げていくこれからの料理。それには小松さん、酒井さんとの出逢いがあったからこそ始められたことなのでした。


 その他、10年程前に当館へお泊りに来ていただいた鬼怒川温泉「花の宿松や」の臼井女将さんとの何気ない出会いから、女将の会「ほのぼの会」にお誘いいただいたり、昨年の倫理法人会への入会のきっかけを作っていただいたり、そして先日社員旅行で松やさんにおじゃました折に、松やさんが経営されている「相田みつを心の美術館」で「よき出逢いを」の額をあらためてしみじみと読ませていただいたり・・・。


 「出逢い」って偶然のようですが、」今思うとそこには出逢う必要があったように思えてなりません。
 当館では、つけもの喫茶を始めて、そこで地域の漬物名人から野沢菜、たくあん、梅漬を募集して食べ比べ会を開催したり、毎年「手しごと市とふれあい音楽会」を主催したり、車坐コンサートも10年継続させたりと、色々な企画を手がけています。これは全て「良き出逢いを」作ってもらいたいからなのです。私もお客様も・・・ 松本浅間温泉旅館「松本あさま温泉」ホテル玉之湯
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17:43  |  女将のコラム  |  コメント(0)

2010.01.01 (Fri)

10年ひと昔

謹賀新年 旧年中のご愛顧に心より感謝申し上げます

 10年ひと昔と言われますが、私にとりまして、今年は今までの10年間のひと区切りになりそうな年と思われます。

まず私事ですが、我が子の5番目の末っ子が今年、小学校を卒業し、20年間に及ぶ小学校のPTAが終了します。長男(26才)の頃は最も若い母親でしたが、5人目ともなると「お孫さんですか?」と言われる事もあるくらい、お母さん方の世代も変わってきました。私にとっては小学校の行事のお付き合いがなくなり、やれやれという思いですが、5人の子供達が自分の意思で歩んでいくにつれ寂しさも感じられます。その一方、80才を迎える母親は、自分の足で立つことのできない完全な車椅子の介護生活が進行し、これ以上症状が悪くならないよう気を使う事が多くなってきました。


このようにお話しをしますと「女将さんは5人も子育てをして、お母さんの介護もして本当に大変ですね」と言われるのですが、実は、子育ても母の介護も90%は私の叔母がしてくれているのです。叔母は母の妹で自身に子供がいなかったので、私達家族と同居して、家の事を全てやってもらってきました。その叔母もすでに後期高齢者となり、あまり無理をさせられなくなってきましたので、私も少しずつ家の事に関わる時間を増やさなければと思い、女将90%の女将生活を昨年大学卒業して帰ってきてくれた娘に少し負担してもらおうと思っております。昔の日本人は、子供を多く産み育て、子供が成長した頃には親の介護をし、その内に孫が生まれてと、家族間の結びつきが絶えなかったように思われ、我家はまさに日本人の伝統的な家族だと勝手に自負しております。

 話は変わりますが、玉之湯で夕食後の恒例となっております「車坐コンサート」が7月に初回開催以来丸10年を迎えます。年間開催日300日以上、出演者も50組以上と当館の名物として続けてきました。時には観客が一人だったり、あるいは団体さんが全員来て、車坐が超満員で身動きとれなかったりと、本当にその日に何人のお客さんが車坐に来てくれるのか毎日見当がつかずにやってきました。そして、観客の多少に関わらず、その日その日で演奏者やお客様、お客様同志、あるいは私や専属歌手を務める主人との会話があり、笑いがあり、皆で大きな声で歌を歌って心がひとつになったような思いを感じ、楽しいひとときを過ごしてきました。昔懐かしい歌が歌えた、好きな曲を演奏してもらった と時には涙を流されているお客様の姿も多々目にし、こちらも目頭が熱くなることもありました。10年前に私や社員を交え、お客様が集いふれあえる場を持ちたいと思い、車坐を作り、そのきっかけに楽都松本の音楽を取り入れて始めましたのがこの車坐コンサートです。この10年そんなふれあいの場面を毎日目にできた私自身が一番楽しんできたのだと思っています。


7月の10年目を迎える日、さらに記念に残る企画を組みたいと思っています。乞うご期待下さい。
このように、旅館では色々な人が出会える場作りをすることができます。玉之湯で年3回程開催するふれあい企画などを通して、色々な人と出会い、ふれあい、絆を作り、お客様がご自身の思い出をたくさん作っていただけますよう、これから10年も20年もそんな旅館であり続けたいと願っています。


(前号で玉之湯の笑顔ちゃんこと「こずえさん」が出産予定とお知らせいたしましたが、昨年11月13日に無事に男子「裕貴ちゃん」を出産しました。なお、こずえさんはしばらく育児に専念するために、再び戻ってくることを前提に一旦退社いたしました。)
松本浅間温泉旅館「松本あさま温泉」ホテル玉之湯

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10:00  |  女将のコラム  |  コメント(0)

2009.08.08 (Sat)

玉之湯の笑顔ちゃん

 玉之湯では毎年2,3人の高校新卒者を採用してきました。しかし、長く続かないケースが多く、現在では入社11年目の笑顔ちゃん(ニックネーム)を始め、5人の新卒で入った社員が頑張って働いています。


 先日、高校生のための就職活動の一環として毎年行われている高校の先生と採用予定のある企業との面談会が開かれ、私が行ってきました。今回、その面談に参加して痛感したのが、現在の厳しい雇用状況でした。3年前に参加した時は、進学校と言われている高校の先生は参加していなかったのですが、今回はそのような高校の先生も加わり、お話しをお伺いしますと、当初は進学希望だった生徒でも、家庭の経済事情により就職せざるをえなくなったケースが例年になく出てきたとのことでした。求人件数が昨年より三割減少し、反面就職希望の生徒が増えてきたことにより、新卒者の就職が益々厳しくなってきている現状のようです。新卒者に限らず、長野県内の有効求人倍率も0.4に満たない現状と聞き、このような世の中にあって順調とは言えないまでも、玉之湯が経営を続けていけることを本当にありがたく感じました。

 それも、当館にお越しいただけるお客様のおかげであり、改めてお客様に感謝の気持ちを持っておもてなしをしなければならないと感じました。実は、今年は2人の新卒者を採用したのですが、既に2人とも辞めてしまいました。せっかく縁あって玉之湯に就職してくれたのですから、思いもよらない辛いことがあったとしても、何とか我慢して続けてくれていたならきっと仕事も楽しくできるようになったと思うのですが・・・。


その手本となるべく社員が笑顔ちゃんなのです。彼女はドジを踏んだり失敗することも多々ありましたが、その度に泣きべそをかいて「ゴメンナサイ」。でも、そのすぐ後にはいつもの笑顔で接しているので、さっきの失敗は誰も何とも思わなくなるのです。そんなことを繰り返していつの間にか10年。当に結婚適齢期を迎えていたのに、私にはいつまでも高卒のかわいいお嬢さんという思いでしたが、2年前、手仕事屋きち兵衛さんの紹介でマジ君(こちらはまじめで実直な好青年)と交際をはじめ、昨年めでたく結婚し、来る11月には赤ちゃんが生まれる予定になりました。笑顔ちゃんは玉之湯のフロントの看板娘から昨年のつけもの喫茶のオープン以後は責任者として喫茶を盛りたててきてくれました。もうすぐ産休に入り、ちょっと寂しくなりますが、いつまでも後輩の良き手本として、玉之湯に長く勤めてくれることを願っています。さらに、私は彼女の結婚式でのスピーチをこれから入社してくれるであろう後輩達にも伝えていきたいと思っています。「あなたは何故いつも笑顔でいられるの?その素晴らしい笑顔は生まれつき?と聞かれますが、私は小さい時は友達も少なくおとなくしくて、引きこもりがちな子だったんです。その頃お母さんから、女の子はたとえ何のとりえがなくてもいいから、いつも笑顔でいなさい。そうしたらきっと友達もできるし、幸せにもなれるから・・・と言われそうしてきました・・・」 

 玉之湯に第二、第三の笑顔ちゃんが続いてくれることを願って、厳しい現実を乗り越えていかれる社員を育てていくのが私の役目だと心得て・・・
「元気になれる宿」を目指し私も努力してまいります。 松本浅間温泉旅館「松本あさま温泉」ホテル玉之湯

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07:51  |  女将のコラム  |  コメント(0)

2009.04.27 (Mon)

あれから十五年 女将 山圭子

  平成六年の春の創刊以来、この玉の湯便りも十五年間に五十八号まで発刊することができました。 あっと言う間の十五年でしたが、当時、小学校4年生、2年生、そして3歳だった、3人の我が子供達が、今では親から独立する年齢となったことを思うと、その期間の重みを考えさせられます。平成七年以降二人増え、五人兄弟となつた子供達ですが、この春からは、家には三人の子供が残ることとなりました。


二十五歳となった長男は、玉の湯の跡取りと言う重圧に、何度も押しつぶされそうになりながらも、沖縄に行って自己の鍛錬をしてくるとの決意を固め、三年間の期限で旅立つこととなりました。さらに次男は、高校で調理師の免許を取り、従来からの希望通りに東京の料亭に就職が決まり、板前の修行の道にはいります。長男、次男が相次いで家を離れることとなりましたが、長女は大学を卒業し、こちらに戻って来てくれました。

  一昨年の冬、私の母(玉の湯の会長)が転んで頚椎を損傷し、以来、要介護四という全く歩けない状態になっているため、長女はそんな家の状況も察してか、玉の湯で働いてくれること
となり私にとっては大変心強い助けとなりそうです。その後に中学二年の次女、そして、二十
年間お世話になった小学校最後の年を迎えて、六年生の三男がおり、まだまだ子育ては続いて、
います。


『 十五年はあっと言う間と思えしが わが身巡りの人は変わりぬ』

 私自身も三十代からオバタリアンと思っていた五十代に入り、精神年齢は変わらないつもりでも、顔のしわや、お腹のたるみから年を感じざるをえなくなりました。でも、この間にいただいた多くの方とのご縁を大切に、玉の湯と言う拠り所から、さらに多くの人に、社会に、元気を発信できるように頑張っていきたいと思っているところです。 


そんな思いも込めまして、玉の湯のイメージタイトルに「元気になれる宿 ホテル玉の湯」と付けました。
   
そのためのには、まず従業員が元気でなければならないので、前号でも触れましたが、活力朝礼を始めました。朝礼自体は以前から行っていたのですが、ただの連絡事項の伝達のみでマンネリ化していました。活力朝礼は、皆が同じ動作で、大きな声を出す事によって、心が揃うようになり、気持ちもきびきびと活気が出てくるようになることを狙っています。最初は声の小さかった社員も、当番をやるごとに声も大きくなり、以前のように、朝礼をめんどくさがる社員はいなくなったように思えます。もっと定着してくると、お客様にも変化が感じられるようになると思いますのでそれまでを目指して継続し
て参ります。その他、元気になれる食事メニューの導入、ふれあいコンサートの充実など新たな趣向も考えておりますので、楽しみにしていてください底知れぬ不景気、政治不信、温暖化による自然の変化など、将来に不安だらけですが、こんなにいい人がいっぱいいる世の中って、まだ捨てたもんじゃないよ、と感じてもらえるように、玉の湯から元気のエネルギーを発散させていきたいと思ってい
る平成二十一年の私の旅立ちです。





楽しかった 「野沢菜・沢庵食べ比べ会」
 
 つけもの喫茶を開店させる際に、やってみたかったことが、同じ素材を使っても各家庭によって味の違う漬物を、一堂に集めて味わってみると言うことでした。


 その思いを実現すべく、漬け物名人集合と称して、一月に野沢菜を、二月に沢庵を一般家庭から応募してもらいました。集まった各二十品を店に並べて、来店してもらったお客様に食べ比べてもらい、自分の気に入った品を投票していただき、その結果で順位を決めました。

 一品一品はどれも自信の美味しい品のはずですが、食べ比べてしまうと味の違いが判り、今回は野沢菜も沢庵も、甘口であまり塩を使わず、酢や溜まり、ざらめなどを使って漬けた品が上位を占めました。さらに、漬けた人の話から、上位の品には手をかけて丹精込めて漬けた心意気が感じられ、さすがに漬け物名人と言われる訳もわかり、信州の漬け物に対する高い価値観を改めて感じた、食べ比べ会でした。

 上位に入賞できなかった方からは、「来年は絶対優勝するから」といったような、すでに次回に向けての闘争心も感じられ、浅間温泉の冬の風物詩としてこの食べ比べ会が定着してくればいいなあと思っております。ちなみに、漬け物名人達は何の漬け物でも上手で、「来月は梅漬けでその次は奈良漬けやらない」なんて声もあり、その度に上位入賞者に賞品を出している、玉の湯の負担が持ちこたえられる限り、漬け物名人を発掘していきたいとも思っているところです。

野沢菜品評会
松本浅間温泉旅館「松本あさま温泉」ホテル玉之湯

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08:34  |  女将のコラム  |  コメント(0)

2009.01.01 (Thu)

元気を出そう!元気を出そう!  女将 山圭子

景気が急悪化した平成20年。

当館もその波に呑まれ、経営の舵取りに四苦八苦してきました。また、社員間では、不和が生じ、勤続2~5年の社員が数人も辞める結果となってしまいました。

その後パート、アルバイトさんで何とかつないできましたが、その当時に御来館いただいた常連のお客様からは「今までの玉之湯ではないみたい」というお声をかけられ、その場しのぎの接客だった事を深く反省しております。

それから2ヶ月、秋のシーズンを残った社員が一丸となって頑張り、なかなか定着しなかった新入社員もようやく落ち着き、今では元通りの接客ができるようになったと思います。そして、今年は、苦しい時期を心一つにして協力し合ってきた社員が、今まで以上に、心の通ったおもてなしができるようになれると思っております。 


 私は、社員間のトラブルで頭を痛めていた時に、ある、法人の研究会に誘われ、以前から懇意にしていただいていた、鬼怒川温泉、花の宿松やの女将さんの苦しい中でも、先を見続けてやってきたという力強い講演を聴き、「自分がいつも元気でなければ・・・」と思い立ち、すぐにその研究会へ入会しました。

その研究会で先日、活力朝礼の実習セミナーがあり参加しました。大声できびきびした訓練に最初はびっくりしたのですが、その朝礼を体験した後は、心が晴れ晴れ、勇気が湧きあがってくる思いでした。早速玉之湯でも、マンネリ化して、活気のない毎日の朝礼を改革するために取り入れようと思いました。

一月中旬以降に取り入れる予定ですが、どんな朝礼なのかは、是非ご見学にいらしてください。そして、すぐには効果は現れないかもしれませんが、きっと玉之湯の何かが変わったと感じていただけるかと思います。


 今までにない従業員のトラブルを味わった昨年でしたが、私は、重大な事に気づかされた再出発の年でもあったように思います。“従業員の心がまとまっていてこそできる本当のおもてなし・・”そのためには、社員に元気をだしてもらえるように、まずは、わたしが元気にあいさつを交わすことから始めようと思います。今だ先行きの読めない日本の経済、政局、そして子供達の未来。そんな時だからこそ、「玉之湯に泊ったら元気になれたよ」と言ってもらえる旅館にしなくてはと今年の決意を固めております。 松本浅間温泉旅館「松本あさま温泉」ホテル玉之湯

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22:28  |  女将のコラム  |  コメント(0)

2008.07.22 (Tue)

良き出会いを    女将 山崎 圭子

ホテル玉之湯
女将の山崎 圭子でございます。


先日、お客様よりとても嬉しいお手紙を頂戴しました。
私共の教訓としてずっと肝に銘じておきたいお言葉でしたので、ここにご紹介させていただき、
いつも忘れずにいたいと思っています。



『O市のMです。
玉之湯さんには一九九六年の年末に初めてお世話になって以来、平均しますと年二回程伺い、
温泉とお料理を堪能しています。それは玉之湯さんの第一印象がとても良かったからです。
私は電機メーカーに勤務しておりますが、96年当時、製品の品質問題に悩まされ、CS(顧客満足度)を如何に獲得するかが問題になっておりました。

玉之湯さんにお世話になった翌日、S温泉の某旅館に泊まったのですが、対応能力以上にお客を取ったせいか、サービスが粗雑で二度と来るものかと思ったものです。
正月休み明けに「顧客満足度」の具体例として、玉之湯さんと某旅館の違いを分析して、部内に話したことを覚えています。

その骨子は、メーカーもお客様あっての商売であり、会社への問合せの電話をしてきた方や、製品を購入頂いた方は、メーカーにとっては何万分の一の存在であっても、その方にとってその製品は1台しかなく100%の存在であることを忘れてはいけない、お客様に対応する人はその時は会社を代表しており会社の印象はその人に対する第一印象で決まる、それはパートであろうがバイトであろうが関係ない、お客様を騙すようなことをしてはいけない、・・・であったと思います。

製品を購入した人の約50%は何らかの不満を製品やアフターサービス等に感じ、約25%は失望し
次は他のメーカーのものを買おうと思うそうです。

買った製品に満足し、次も同じメーカーのものを買おうと思うお客は約25%で、更にこのメーカーのものは良いから是非貴方も買うと良いと他人に勧めるお客は、僅か0.1%だそうです。
この他人にも勧めてくれるお客様をロイヤルカスタマーというのだそうですが、ロイヤルカスタマーを
多く持つメーカーが生き残ると、当時の研修で教えられました。

私は玉之湯さんのロイヤルカスタマーの一人と自認しております。
出張や接待等で他の温泉や旅館等に行きますが、比較して、玉之湯さんのコストパフォーマンスは
総じて高いと思います。
種々の価値観を持ったお客が来られ、全てに満足させることは難しいでしょうが、お隣にあった旅館が更地になったりしているのを見ると、玉之湯さんにはこれから益々頑張って欲しいと思います。(後略)』



今夏、ガソリンを初めとし、諸物価の高騰で、私共のサービス業界は益々窮地に立たされると予想されますが、高いお金を払って玉之湯にお泊りいただくお客様には、数ある旅館から当館をお選びいただいた、旅館の代表であることを常に忘れずに、100%のサービスをしなくてはと決意いたしました。

さらに、当館では毎晩開催している車坐コンサートや、8月の「手しごと市とふれあい音楽会」、
10月の「ふれあい企画」、11月の「新そば祭り」などを通して、色々な方との出会いの場を提供して
いきたいと思っています。
何げない出会いでも、何十年も続くご縁となり、それが人生の励みとなることを私は実感しているからです。





松本浅間温泉旅館「松本あさま温泉」ホテル玉之湯

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